ロマンとイノセンス
参考:ロマン主義
ロマン主義の起源は、古典主義や教条主義の否定に遡る。一般、公、規則、システムよりも、個を重視したいという思いがロマン主義の始まりだった。自分はロマン主義の本質は「現状否定」にあると考える。その起源においても、古典、教条に縛られる「現状」を「否定」している働きを見る事が出来る。
しかし、ロマン主義的否定は決して叶えられてはならないものだ。ロマン主義はあくまで個人的なものであり、その否定が完成して公的になった対象は、もはやロマン主義の対象にはなり得ない。
以上から、ロマン主義を、「不可能な事柄の不可能性を知った上で投企する態度」と考える(村上春樹「海辺のカフカ」より)。叶えられることのない現状否定こそロマン主義だ。その性質から、ロマン主義は必ず悲劇を孕む。
村上龍「限りなく透明に近いブルー」における「リュウの都市」は想像の世界(想像界)であり、その幻想は飛行機のジェット=現実の世界(象徴界)に破壊される。リュウの都市は現実を積極的に否定してはいないが、個人的なものが現実に破壊される場面はまさにロマン主義的と言える。
作中に何度かリュウの「子供のようなまなざし」が言及されている。ここから、「リュウの都市」がイノセンスを象徴していると考えられる。とすれば、
「リュウの都市」=想像の世界=イノセンス=ロマン主義の対象
このことは、イノセンスの不可能性を示している。
2010/09/04
批評の試み1
ラカンのシェーマRSIを村上龍「限りなく透明に近いブルー」に適応する
参考:現実界・象徴界・想像界
・三つの世界
限りなく透明に近いブルーは三つの世界が描かれている。仮にそれを想像の世界(想像界)、現実の世界(象徴界)、*世界*(現実界)と名付ける。想像の世界=リュウの都市、現実の世界=黒い鳥に覆われた世界、*世界*=ありのままの世界。
物語は、想像の世界が現実の世界に破壊され、絶望の渕にたたされたリュウが限りなく透明に近いブルーを通して*世界*を見る、という構成になっている。想像の世界はとても個人的なものであり、対する現実の世界はパブリックなものだ。
・二つのレンズ
物語において、黒い鳥はレンズのような働きをしている。それは*世界*を「現実の世界」に変換する役割を果たしている。そして限りなく透明に近いブルーは、黒い鳥のレンズで歪められた*世界*(現実の世界)を、もとに戻して、*世界*本来の姿で見る特殊なレンズである。
・想像世界対現実世界
黒い鳥に覆われた世界は、想像の世界を破壊するような力を持つ。物語内ではリュウの都市(想像の世界)を飛行機のジェット(現実の世界)が破壊する描写がなされる。
黒い鳥とは、システムのようなものだ。なので現実の世界とは、システムに覆われた世界を表している。村上春樹における綿谷昇(ねじまき鳥クロニクル)や壁(世界の終わりとハードボイルドワンダーランド)に相当する。システムとは具体的には、学校、会社、経済、就職活動、社会、言語、等。
現実の世界の本質はシステムなので、意思を持っていない。現実の世界は、想像の世界を「そんなものあってもなくてもどうでもいい」というように、象がアリを踏みつぶすように悪意無く破壊することがある。
例えば、自分の好きな音楽をやって食べて行こうという思考が想像の世界で、結局売れないとかいうのが現実の世界である。この二つの世界の戦いには、鶏と卵のような側面がある。現実の世界へのカウンターとして想像の世界が生まれる事が考えられる。J・K・ローリングがハリーポッターのようなファンタジー(想像の世界)を書いたのは、恐らく生活の困窮(現実の世界)へのカウンターという側面もあっただろう。
・物語が生まれる場所
個人的な事柄VS世界の不条理という図式は良くあることで、やはり想像の世界と現実の世界のせめぎ合いから物語は生まれる(生まれ易い)のだと思う。そして、優れた強い物語は現実の世界の圧力を取り込んでさらに大きくなる想像の世界の働きから生まれるのだ、と思う。
・おまけ:*世界*は見えるか
ありのままの世界は見る事は出来ないはずだ。例えば、人間は言語を獲得したその時から言語の内部でしか考えることが出来ない。(言語=システム、黒い鳥)どこかに言語で表せないことがあるかもしれないが、言語を用いて思考する限りそれが「あるかどうかも分からない」。
参考:現実界・象徴界・想像界
・三つの世界
限りなく透明に近いブルーは三つの世界が描かれている。仮にそれを想像の世界(想像界)、現実の世界(象徴界)、*世界*(現実界)と名付ける。想像の世界=リュウの都市、現実の世界=黒い鳥に覆われた世界、*世界*=ありのままの世界。
物語は、想像の世界が現実の世界に破壊され、絶望の渕にたたされたリュウが限りなく透明に近いブルーを通して*世界*を見る、という構成になっている。想像の世界はとても個人的なものであり、対する現実の世界はパブリックなものだ。
・二つのレンズ
物語において、黒い鳥はレンズのような働きをしている。それは*世界*を「現実の世界」に変換する役割を果たしている。そして限りなく透明に近いブルーは、黒い鳥のレンズで歪められた*世界*(現実の世界)を、もとに戻して、*世界*本来の姿で見る特殊なレンズである。
・想像世界対現実世界
黒い鳥に覆われた世界は、想像の世界を破壊するような力を持つ。物語内ではリュウの都市(想像の世界)を飛行機のジェット(現実の世界)が破壊する描写がなされる。
黒い鳥とは、システムのようなものだ。なので現実の世界とは、システムに覆われた世界を表している。村上春樹における綿谷昇(ねじまき鳥クロニクル)や壁(世界の終わりとハードボイルドワンダーランド)に相当する。システムとは具体的には、学校、会社、経済、就職活動、社会、言語、等。
現実の世界の本質はシステムなので、意思を持っていない。現実の世界は、想像の世界を「そんなものあってもなくてもどうでもいい」というように、象がアリを踏みつぶすように悪意無く破壊することがある。
例えば、自分の好きな音楽をやって食べて行こうという思考が想像の世界で、結局売れないとかいうのが現実の世界である。この二つの世界の戦いには、鶏と卵のような側面がある。現実の世界へのカウンターとして想像の世界が生まれる事が考えられる。J・K・ローリングがハリーポッターのようなファンタジー(想像の世界)を書いたのは、恐らく生活の困窮(現実の世界)へのカウンターという側面もあっただろう。
・物語が生まれる場所
個人的な事柄VS世界の不条理という図式は良くあることで、やはり想像の世界と現実の世界のせめぎ合いから物語は生まれる(生まれ易い)のだと思う。そして、優れた強い物語は現実の世界の圧力を取り込んでさらに大きくなる想像の世界の働きから生まれるのだ、と思う。
・おまけ:*世界*は見えるか
ありのままの世界は見る事は出来ないはずだ。例えば、人間は言語を獲得したその時から言語の内部でしか考えることが出来ない。(言語=システム、黒い鳥)どこかに言語で表せないことがあるかもしれないが、言語を用いて思考する限りそれが「あるかどうかも分からない」。
2010/06/22
欲しい
自転車
Dahon hammerhead 8.0
くつ
Footprints falcone
手帳
X17 Balacron A6
蛍光ペン
Stabiro Swing cool
ポストイット用品
住友3M ポストイットカバー
いつか!
Zerohalliburton Aluminium
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2010/06/20
重油とガラス
村上龍 「限りなく透明に近いブルー」を読んで
世界の悪意(無意味さ、不条理さ、何でもいい)に耐えられないから、心の中に秩序を作る。それは都市であったり、城であったりする。あるいは友達同士のなれ合いだったりもする。
ある時、都市は破壊される。
圧倒的な現実の力の前には、個人のささやかな秩序など全くとるに足らないものだった。想像力は吸い尽くされ、代わりに重油が満たされる。
しかし破壊の瞬間に、青白く透明になった世界が現れる。透き通った世界の奥に、白い曲線が見える。あれは何だろう?
絶望の中の生と死の臨界、虚無感の中の朝と夜の境界。限りなく透明に近いブルーはその一瞬だけ、世界を油の皮膜の様に覆う「黒い鳥」=「悪意」を透かし、世界の優しさを映し出す。
世界の悪意(無意味さ、不条理さ、何でもいい)に耐えられないから、心の中に秩序を作る。それは都市であったり、城であったりする。あるいは友達同士のなれ合いだったりもする。
ある時、都市は破壊される。
圧倒的な現実の力の前には、個人のささやかな秩序など全くとるに足らないものだった。想像力は吸い尽くされ、代わりに重油が満たされる。
しかし破壊の瞬間に、青白く透明になった世界が現れる。透き通った世界の奥に、白い曲線が見える。あれは何だろう?
絶望の中の生と死の臨界、虚無感の中の朝と夜の境界。限りなく透明に近いブルーはその一瞬だけ、世界を油の皮膜の様に覆う「黒い鳥」=「悪意」を透かし、世界の優しさを映し出す。
2010/06/05
文系のヘタレは女の子に敵を倒してもらおう!
思想地図 vol4、戯言シリーズ、ねじまき鳥クロニクル、その数学が戦略を決める、宮台真司の「真理の言葉、機能の言葉」等の感想
1. 女の子に敵を倒してもらう
戯言シリーズのいーちゃんは自分は口先三寸で何もしない。女の子に敵を倒してもらう。
ねじまき鳥クロニクルにおいてラスボスは主人公の妻クミコによって倒される。そのとき主人公は井戸に潜ってホテルがどうとか壁がどうとか意味不明なことを言っている。
2. ワインの値段
経済学者オーリー・アッシェンフェルターは統計と数学モデルによってワインの値段をデータに基づいて決めようとした。つまり専門家のテイスティングによって主観的に決まる価値とは違う指標を用いた。
3. 文学部、哲学科。あるいは社会学科
マルクス主義を学んで何になる。芥川龍之介を研究して将来何の役にたつ。就職どうしよう。
4. 考察
数理的な知に対して、人文学的な知、というものは、現実社会に置いて無力というほかない、と思われてきた。実際芥川龍之介の憂鬱は就活生の自己目的化した憂鬱に衒学的色彩を添えることしかできないだろう。先のワインの値段も、結局はオーリーの数理的手法が、専門家の感性(笑)を凌駕したのだった。
しかし人文学的な知は市場において無力ではない。ワインの値段が専門家によって「不当に高く」評価されていたのは、その「人文学的な知」、つまりワイン市場とそれに携わる人の歴史や経験、正確に言えば歴史や経験によって消費者に伝わるワイン業界が文化的に優れていて大枚をはたくだけの価値があると思わせる何か、によってレバレッジがかかっていたからだ。
「草原に吹く風のような味・・・」
ばかばかしい戯言にすぎない。しかし、それは価値を生む言葉。
しかしカリスマの無い人間の言葉は他人を動かせない。そこで人文的な知に信頼性を担保してもらう必要がある。まるで敵を女の子に倒してもらういーちゃんや綿谷昇のように。
それはどこまでも衒学的なものにとどまるかもしれない。しかし学者志望で無ければそれでいい。もしも「人生における目標のようなもの」があるならば、マルクスでも芥川でも詩的表現でも何でも使って言葉にレバレッジをかけ続け、それに近づいていけばいい。
1. 女の子に敵を倒してもらう
戯言シリーズのいーちゃんは自分は口先三寸で何もしない。女の子に敵を倒してもらう。
ねじまき鳥クロニクルにおいてラスボスは主人公の妻クミコによって倒される。そのとき主人公は井戸に潜ってホテルがどうとか壁がどうとか意味不明なことを言っている。
2. ワインの値段
経済学者オーリー・アッシェンフェルターは統計と数学モデルによってワインの値段をデータに基づいて決めようとした。つまり専門家のテイスティングによって主観的に決まる価値とは違う指標を用いた。
3. 文学部、哲学科。あるいは社会学科
マルクス主義を学んで何になる。芥川龍之介を研究して将来何の役にたつ。就職どうしよう。
4. 考察
数理的な知に対して、人文学的な知、というものは、現実社会に置いて無力というほかない、と思われてきた。実際芥川龍之介の憂鬱は就活生の自己目的化した憂鬱に衒学的色彩を添えることしかできないだろう。先のワインの値段も、結局はオーリーの数理的手法が、専門家の感性(笑)を凌駕したのだった。
しかし人文学的な知は市場において無力ではない。ワインの値段が専門家によって「不当に高く」評価されていたのは、その「人文学的な知」、つまりワイン市場とそれに携わる人の歴史や経験、正確に言えば歴史や経験によって消費者に伝わるワイン業界が文化的に優れていて大枚をはたくだけの価値があると思わせる何か、によってレバレッジがかかっていたからだ。
「草原に吹く風のような味・・・」
ばかばかしい戯言にすぎない。しかし、それは価値を生む言葉。
しかしカリスマの無い人間の言葉は他人を動かせない。そこで人文的な知に信頼性を担保してもらう必要がある。まるで敵を女の子に倒してもらういーちゃんや綿谷昇のように。
それはどこまでも衒学的なものにとどまるかもしれない。しかし学者志望で無ければそれでいい。もしも「人生における目標のようなもの」があるならば、マルクスでも芥川でも詩的表現でも何でも使って言葉にレバレッジをかけ続け、それに近づいていけばいい。
2010/05/17
善悪のかなた
NPO 言論責任保証協会 というものがある。
以前、関係者の教授の下で資料集めを手伝っていた。
その教授は(左翼系知識人的な正義感を持って?)世の中の「あたかも真実の様に宣伝された嘘」を集め、いつか「ウソの博物館」を作ろうとしている。
学会にお邪魔した時、いわゆるニセ科学の書籍を大量に展示していた。(教授曰く、表紙のデザインが似ているとのこと)この手の本はすぐ書店から姿を消してしまうので、ブックオフで購入するそうだ。
その中にアガリクスの本があった。アガリクスとはガンが治るというキノコだ。もちろん根拠は無い。
ページをめくると、びっしりと赤線が引いてあった。教授のものでは無く、購入者のものだった。
以前、関係者の教授の下で資料集めを手伝っていた。
その教授は(左翼系知識人的な正義感を持って?)世の中の「あたかも真実の様に宣伝された嘘」を集め、いつか「ウソの博物館」を作ろうとしている。
学会にお邪魔した時、いわゆるニセ科学の書籍を大量に展示していた。(教授曰く、表紙のデザインが似ているとのこと)この手の本はすぐ書店から姿を消してしまうので、ブックオフで購入するそうだ。
その中にアガリクスの本があった。アガリクスとはガンが治るというキノコだ。もちろん根拠は無い。
ページをめくると、びっしりと赤線が引いてあった。教授のものでは無く、購入者のものだった。
2010/05/02
新聞
毎日新聞の元記者と話す機会があった。
佐々木俊尚が「新聞社は高コスト体質だ」って言ってたので、それってほんと?と聞いた。
曰く、日本の新聞の特徴として、細かな配達網があるけれど、実は新聞の販売店と新聞社は同じ会社ではない、ということ。インフラ=販売店、ソフト制作=新聞社、というイメージ。
つまりこれ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%81%9E%E8%B2%A9%E5%A3%B2%E5%BA%97
で、この販売店の維持にかかるお金が高コストだということらしい。
もちろん別会社なので、それもおかしな話なんだけど、実際こんなニュースもある。(「押し紙」でなく補助金に注目)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100428/trl1004282253005-n1.htm
この話は内定先の社長もしていた。日経電子新聞が4000円なのは1000円とかで売っちゃうと誰も紙新聞の「配達」を頼まなくなり、販売店がつぶれるから、と。
新聞電子化の効用は色々あるけど、流通コストが下がるっていうのが大きい。
そのとき新聞社達が販売代理店を守るように、つまり日経のように、電子新聞の価格を高く設定するなら、その時は配信プログラムの書ける人がベンチャー新聞社を立ち上げるチャンスかもしれない。
佐々木俊尚が「新聞社は高コスト体質だ」って言ってたので、それってほんと?と聞いた。
曰く、日本の新聞の特徴として、細かな配達網があるけれど、実は新聞の販売店と新聞社は同じ会社ではない、ということ。インフラ=販売店、ソフト制作=新聞社、というイメージ。
つまりこれ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%81%9E%E8%B2%A9%E5%A3%B2%E5%BA%97
で、この販売店の維持にかかるお金が高コストだということらしい。
もちろん別会社なので、それもおかしな話なんだけど、実際こんなニュースもある。(「押し紙」でなく補助金に注目)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100428/trl1004282253005-n1.htm
この話は内定先の社長もしていた。日経電子新聞が4000円なのは1000円とかで売っちゃうと誰も紙新聞の「配達」を頼まなくなり、販売店がつぶれるから、と。
新聞電子化の効用は色々あるけど、流通コストが下がるっていうのが大きい。
そのとき新聞社達が販売代理店を守るように、つまり日経のように、電子新聞の価格を高く設定するなら、その時は配信プログラムの書ける人がベンチャー新聞社を立ち上げるチャンスかもしれない。
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